平凡な住宅街もわたしには素敵なところ

うちの近所で、ここはよくコマーシャルやドラマのロケに使われるようです。ものすごい坂がいいのでしょうか?他に吉永小百合さんと鶴瓶の映画「おとうと」でもロケに使われたお家がご近所にあり、そこのお家の前に立っているポストにはよく郵便を投函に行きます。郵便は出そうと思っていても何日もバックに入れたまんまなんてことがありがちですので、近所にあると夜中でも思い立ったら行けて便利です。

この辺はゆったりした良いところで気に入っています。ですが、戸建ては年を取ってくると二階に行くのがまず嫌ですし、玄関前の階段も普段はいいですが、旅行の帰りのスーツケースは本当にもち上がらなくて階段の下で、カバン開けて荷物も減らしてあげたこともあります。

マンションがいいかな、と主人と話しています。実を言うと我が家は引越しが結構多くて、一番長く暮らして埼玉の南浦和あたりの16年ですが、そこも住まいは4回変わりました。社宅の中ですこし広いところに移ったり、社宅の改装工事の時には会社が用意してくれたマンションに引っ越したり。その時は3ヶ月ぐらいでした。

そのあと、駅から3分の借り上げ社宅に移り、そこは8年暮らしたので、そこが一番長かったです。子供たちが通学に駅近は良かったです。その歴史の中で、家の売買と貸借は全て経験しました。

生まれた時から同じところ同じ家で暮らし、中学の同級生と結婚されて自治会の人はみな昔馴染み、というような環境で来られる方もいらっしゃいますね。すごいなと思います。

私どもは逆で、そろそろ引っ越しどきかな、もうここもいいかなとその繰り返しでした。意図するんではないですが宿命ですかね、会社の事情やいろいろ自然にこうなってきていつも普通に受け入れてきました。大阪に転勤になった時も、何年にもなると覚悟して行ったのですが、8ヶ月で会社の事情で東京に戻りました。

南浦和からここに来たのも、年老いた親の側に行きたいと主人が言いまして、わたしもいずれいつかはと漠然と思っていたのですが、当時大学生で1年半ほど一人暮らしをしていた息子が、実家に戻りたいと言いまして、そんなことが引き金となって、地元に戻ってきました。

どこでも気に入って暮らせる自信はあります。決める時は選びますが、あれもこれも言っていては決まりません。昔不動産屋さんが、どこを取ってどこを捨てるか全て揃った物件はないからと言ってました。文句ばかり言っている人はお金があっても家は持てないとのことでしたね。そりゃそうです。

将来は子供達と暮らすのかな、とか想像しますがそれはないかも。親子といえども一つ屋根の下はもう散々密度濃く暮らして来たし卒業です。生活は別でもお手伝いして支え合うのがいいです。そういうことができるフットワークの軽い健康な年寄りでいたいです。