いつかまた踊りたい?

さて、月曜日のイタリア語会話クラスは脂が乗ってきました。お仲間はとても熱心な途中でやめそうもない盤石な人たち。気心も知れてきてなんでも話しますが、皆さんエレガントだから、守るところは守ってとてもいい関係。

毎回レッスンが楽しみです。(心配ではないにしても緊張するころもありましたしね。)

先だって、先生が何かの流れで踊りはどうか?好きかやったことはあるか?みたいなことをお聞きになったのでわたしは、もちろんですはいと答えました。

先生も皆も乗りのいい反応、で、その反応に拍車がついて躁状態になったわたくしは、五年くらい前に大学時代の後輩が、フラメンコのクラスを立ち上げるのに誘われて、二回舞台にも立ったと言ったら、またもや先生やお仲間の過剰反応。

ある方はどんなドレスを着たのか?と聞いてくださるではないですか?もちろんこれはあくまでも会話クラスとしてなので、イタリア語で聞けること、答えられることには抜け目がありません。

今もロシアの高名なバレリーナのドキュメンタリー映画をWOWOWで観てまして、わたしも踊ってみたいな、などと、、夢のようなことを、、、

そもそも音楽は大好き、その音楽に合わせて踊るということは人間として考えられる1番の楽しいことではないかな、とダンスを見るたびに思います。

で、我が家のダンサー。わたしも主人も音楽は好きなので3人の子供には音楽をさせましたが、上の子が中学高校と音楽学校に行くくらい熱心だったので、だったら下の娘は、幼稚園の時のお遊戯会のダンスで異彩を放っていたという親ばか的見解から、クラシックバレーをやらせました。

小学校の一年から六年生まで。この先生はたくさんのお弟子さんをかかえていらして、毎年立派な発表会をしてくださいます。そのエネルギーは大変なもので親ばかとしては毎年娘の晴れ舞台が拝められるのでありがたかったのですが、、、

その代わり毎年衣装を作らなくてはならず、、、だいたいが群舞ですから三つくらいに出演で、従って衣装も三つ。

今はわたしも早め早めで準備しますが、当時はそれどころではなく何事もギリギリセーフ。お裁縫だってやればできるという自負はありますが、そればかりに気持ちも行かずにいつもギリギリ。

ところがこの娘は文句も言いません。時々遠慮がちに、間に合いそう?と聞いてきます。もちろん当然間に合わせるよ、大丈夫だよ、と言っていつも間に合わせてきました。

お一人美人のとても賢いママがいて、その方が率先垂範でまず、ご自分のお嬢さんの衣装を完成させられるので、わたくしなどはその方にお知恵拝借しながら勇気をもらったものでした。

フラメンコもやってみると仕組みが少しわかり週に一回のレッスンでも通っている間はダイエット的な心配はなくダンスの運動量に感心したものですが、そんなにのめり込むほどに好きにはなれなかったので、後輩のクラス立ち上げには貢献できたという気持ちから辞めてしまいました。

わたしはだいたいやるとなったらとても熱心にやりますが、見切りも早いです。大人になってからは顕著。

時間もお金も浪費はできないしね。でも、いずれダンスは何かやってみたいです。

このバレーをやっていた娘は中学から大学までは今風のダンスに、例えばヒップホップなどに転向して、当時は南浦和の社宅から渋谷のダンススタジオまで通ったものでした。

芸能人も多く練習に来ていて、ある時は安室奈美恵ちゃんの旦那さんだったサムさんからレッスンを受けたこともあります。

どんな人?と聞くと、娘は一瞬考えて、ものすごくかっこいいよ、いろんなことに戦って来た顔をしてる、とのことでした。

へえ、テレビに出るような人は途方もなく綺麗なかっこいい人も多いから、サムさんのことを特にかっこいい、と思ったことなかったけど、、、、それにダンスは才能があって一流でも名前を認知される人はごくわずかな厳しい世界、確かにいろいろ戦ってみえただろうしね。

それ感じる中学生になったばかりの娘に感心したものでした。