
今週は娘の1人は名古屋と横浜に出張で、7月いっぱいは土日もない感じですが、落ち着けば代わりの休暇を取るはずです。もう1人の娘は今朝喉が痛くて声も出ないとのことで、病院に寄って、でも熱がないので遅れて出勤した模様。
主人は四時に起きて40分には家を出て始発で出勤しました。9時始まりだから早すぎますが、歩いたり公園でぼーっとしたりいろいろお楽しみがあるようです。
子供の心配は際限なく頼まれなくてもするのに主人の心配はあまりしません。10年くらい前にくも膜下で頭を開く手術をした時くらい。
その日は朝、熱いシャワーを浴びたようで頭の感じがおかしいと申しますので、病院に寄って行ったほうがいい、通うことなったら便利なように通勤途中の駅に近い病院を進めました。
昼頃女医さんから電話が来て、大学病院に輸送する、この後検査して、手術もあり得るからすぐにきて、とのことでした。
開頭手術することになり、万が一の時には病院には責任はないから、みたいな承諾書に、それも一枚や二枚ではない数にサインしなくてはならなくて、それにはさすがにビビって、都内に住む主人の下のお姉さんに連絡するとすぐに応答ありで、ありがたくもお姉さんのご主人ともども来てくださり、お姉さんの了解も得てサインしました。
この時手術に一緒に立ち会ってくれたのは下の娘。この娘は、主人が元気になってきて新聞を読みたいと言い出した時も、新聞を上手に畳んで、ひっくり返せば次のページが読めるような工夫をしてくれました。健康であっても仰向けで、見開きの新聞を読むのは大変ですから。
手術は成功で10年を超えましたが問題なしで毎日お仕事に通っています。
オツムの冴えにも異常はなく、まあ手術してちょうど良くなった感じかな?
マメな主人は闘病日記を書いてきたようで、退院後しばらくは親戚など集まると、皆この時の闘病のことを聞かされてました。まあ、死に病いともいえる病気から生還して元気にお仕事しているんですから自信にもなってるんですね、きっと。
このことがあって好きな仕事をしたいと言って、翌年30年くらい勤めた会社を辞めて転職しました。就活に半年ぐらい遊ぶかも、と言っていたのですが、うまく進み月末にやめて、次の月初めから新しい職場に通いだしました。
1日も働かなかった日のない主人ですね、わたしはラッキー✌️
今も毎日平凡で代わり映えしないようでも、先に行って思い起こせば色々なことを乗り越えてきたんだったということになるんだろうな、と思います。昨年だって娘の結婚があって、この婿さんでいい、ここで手を打つしかないと納得しているのに、娘を嫁にやるっていやだなあ?と。
わたしとしてはそれでも冷静なつもりでしたが、娘にはすでに充分暴れてるからと言われましたしね。
そろそろまた、忙しくなってもいいかな?それは心配とセットだったりするのですが、、、
画像は今日夕方に行く慶應大学三田校舎です。