東京五輪にバスケットボールでも期待?

バスケットボールに富樫 ゆうきという、小柄ながら優秀な選手がいるそうですね。

あの桜木 花道のスラム・ダンクで言うところの宮城の役所らしいです。

167センチで今や二メートル級の選手も当たり前、という中でやって行くのはまず精神力といいますか、自己の尊厳を保って行くことからしてたいへんなんじゃないかって思います。

わたくしの父は161センチと言ってましたが、最初バスケットの選手でそれは学校のクラブ活動レベルではありますが、抜群に強かったそうで武勇伝は相当聞かされました。

スリーポイントがお得意で、体育の授業で勝ち抜き戦だから、父のチームは1時間中、バスケができた、と言ってました。

ここが父の元気で男の子らしいところ、中には1時間出ずっぱりは辛い、という方もいたんじゃないかなって思いますが、父の話ではそれはとってもお得な楽しいことのように感じられました。

その後野球部のキャプテンがバスケット部のキャプテンに談判をして、父はバスケット部から野球部に移籍して、そこでも活躍してその年は甲子園に出場できそうだったそうですが、戦争で甲子園大会は無くなったそうで、父は甲子園には出ていません。

その後はノンプロで野球している時期もありました。

とにかく小柄なのに運動は何をやってもできたようで、北海道出身ですから、スキーやらジャンプやらも当然やり、ジャンプに関しては、一度やったが恐ろしくて二度と飛ばなかった、と言ってました。

でもスキーはストックなしで滑り、馬は鞍なしで裸馬に乗った、と言ってました。自慢どころが独特です😅

とにかくやんちゃで、ふつうに遊んでいても友達に怪我をさせてしまうので、お袋はしょっちゅう菓子折り持って、友達の家に謝りに行ってた、お袋にはかわいそうなことをさせた、と言ってましたね。

面白い楽しい父でしたからわたしは父とは散々話しました。

父という話し相手をなくして、もう20年以上ですが、わたしはよくやっているな、と時々思います。

バスケは不思議と息子も、娘も、そのお婿さんもやりまして、皆とても上手でした。やるように勧めたことは一度もないですが、不思議です。

父のバスケットに纏わる話しを聞かされていつも思ったのは、そんな時代にもバスケットボールってあったんだなって、不思議な気がしました。

大きくて役に立たない人のことを、うどの大木って言いますし、活躍できるなら小さい方がかっこいいなって思いますね。父は相当身体能力のあった人と思ってます。