
今月は二人の子供の誕生日月です。冬のお産は、体を温めているから楽、と母に言われたものでした。
逆に真夏のお産は体を冷やしているので大変だ、ということらしいです。
冷えは万病の元、と言えなくもないので言っていることはわかります。

この時も2月ですが、一月半ばに大阪の寝屋川市に転勤で越してすでに一ヶ月以上経過しているころです。
長女はすぐに公立小学校に転入で問題なかったのですが、真ん中の息子が幼稚園の年中で、少子化ゆえ、どこの幼稚園も入園は歓迎してくれるものと心配してなかったのに、年度末ということもあったのか、いくつか問い合わせても入園のお断りばかり。

息子もこの時は元気に見えますが、流石に幼稚園に行かない日々が続いて手持ち無沙汰で焦る気持ちもあったのか、毎朝、きょうも薔薇組さんは幼稚園に行った?と聞いて来ました。
薔薇組さんは、息子が越してくる間際まで通っていた、横浜の幼稚園のクラス。
みんなきょうも幼稚園に行ったよ、と伝えるのもかわいそうでしたが、わたしとしては妹と仲良く家で遊んでくれるのもありがたいような。
で、結局ギリギリでいれてくださる幼稚園が見つかりまして、学年末の学芸会にも出ることができましたが、その頃の写真を見ると、なんとなく息子の顔は冴えないです。関西の勝手の違いを感じていたと思います。
関西の幼稚園て、親の学歴まで問われるんですね。
そして横浜では若い先生が上下ジャージーにエプロンで、それがとても甲斐甲斐しく可愛らしく頼もしく感じられたものですが、大阪のその幼稚園は、先生は花柄のヒラヒラのワンピースを着ていらして、児童のこともお子さん、と呼びます。
師弟関係であるはずなのにお客様のような扱いでした。
結局、四月から、年長さんに進級し、六月からは夏服に衣替え、そして8月の夏休み中に、また主人は東京に呼び戻されて9月の新学期を迎えることはありませんでした。
夏休み中に、お暇のご挨拶に幼稚園に行ったんでした。
息子の大阪の幼稚園事情は、半年の間に二学年に跨り、冬服と夏服、お道具もクレヨンから粘土からカバンから上履きから全て揃え直しで不経済でしたね。
そしてつぎは横浜でなく南浦和に越したのですが、そこでも、卒園までの残り2学期の為に全て揃え直し、名前の付け直し。
ですが当時は当然のことと一生懸命でした。
この大阪の幼稚園はちょっとお上品なのは園の名前にもあらわれてますが、男の子の夏のズボンがベージュがかった白だったりして、なかなかオシャレでした。
また東京に戻ると決まった夏休みは忙しくて、家族五人で西へ東へ、見納めに相当歩きました。この転勤も良い経験させてもらいました。